本論文では,われわれがこれまでに提案した分散演算を適用したVLSIアーキテクチャに基づく状態空間ディジタルフィルタ用VLSIプロセッサを設計し,その性能評価を行った.状態空間ディジタルフィルタにおいては量子化誤差に対して最適合成が可能となるため,実現の際には必要語長を他の構造に対して最小化できる.すなわち,計算時間が語長のみに依存する分散演算を用いた本実現法では,高次および多入力多出力の場合でも,従来得ることのできなかった処理時間と滞在時間の最小化が可能となる.
VLSI評価の結果,フィルタの次数16,入出力数1,語長14ビットの状態空間ディジタルフィルタを1チップ実現した場合,非常に高次なフィルタにもかかわらずサンプリング周波数1.67MHz(0.8 μmCMOSスタンダードセル)の高速処理が実現可能となることが明らかとなった.また,センサ信号処理やロボット制御などでのフィードバック制御系で使用する場合に問題となる滞在時間も600nsと非常に減少させることができた.さらに,次数および入出力の増加に対する性能評価を行った結果,他の実現法では処理速度が大きく低下してしまうのに対して,本実現法では約1.6MHzとほぼ一定になることが明らかとなった.
移動物体を抽出する際,移動物体のない画像(背景画像)を蓄えておき,観測画像と比較するということがよく行われるが,屋外シーンにおいては天候や照明条件が時々刻々と変化するため,背景画像を随時更新する必要がある.また背景画像との差分をとった画像は,朝夕の時間帯においては移動物体は長い影を伴うため誤認識の原因となることが報告されている.
そこで本研究では駐車場画像を対象とし,観測画像と背景画像の差分をとるだけで認識対象の車両本体のみを抽出できるような背景画像を生成,更新していく手法を提案する.このような背景画像を生成するために,ここでは静止物体領域のみで構成され,移動物体領域は背後にある静止物体で置き換えられた画像(画像1)と移動物体領域のうち認識の対象外の部分を抽出した画像(画像2)の2枚の画像を用意する.これらを合成した画像を背景画像として用いることにより,観測画像と背景画像との差分は対象物体のみとなる.
実際には,画像1ではあるフレーム数以上同じ明度を保った画素の明度を画像の明度とすることにより,静止物体領域の明度をとらえることができる.画像2では影領域を領域探索により抽出し,抽出領域の形状の変化や消失にもロバストな抽出を可能とした.
また本手法の有効性を確認するため,駐車場の実画像に本手法を適用し,追跡プログラムへ本背景画像による車両抽出結果を入力することにより,本手法の有効性を確認した.
- ■ 暗騒音下の対象音検出に対する振動計測からの確率的一評価法―階層型回帰モデルの導入と原理的一実験―
近畿大・太田光雄,西村公伸広島県西部工業技術センター・吉野信行
暗騒音混在下での稼動機械から発生する騒音を,振動計測を基に抽出できる新たな確率的一評価法を提案する.振動−音変換機構の物理メカニズムに基づく理論解析よりはむしろ,揺らぎの機能面を重視し,まず振動・音間に潜在する低次・高次の各種相関関係の階層的情報を活用した非線形回帰型のシステムモデルを見出す.ついで,この確率モデルをもとに関連した振動情報から対象の騒音変動分布を暗騒音混入下で予測する.さらに,非定常なジグソー騒音の評価を一例にとり,本手法を適用した原理的一実験により有効性の一端を検証している.
- ■ 放射率精密測定装置の試作と応用
東洋大・古川 徹,井内 徹
放射測温において,放射率変化は深刻な温度誤差を引き起こすため,この問題を克服するための放射測温計の研究・開発が多く行われてきた.我々は特に金属の酸化に伴なう放射率変化を詳細に調査するために放射率の精密測定装置を開発した.本装置は試験放射率の分光,角度,偏光特性を測定できるが,特に金属の酸化膜成長に伴う放射率変化を真空状態,一定量の空気注入状態,還元ガス注入状態など,さまざまな条件下で定量的に測定できることに特徴がある.酸化還元に伴う方向放射率および偏光放射率変化の新しい知見を測定例として報告する.
- ■ メカトロサーボ系の2次モデルを用いた従軸追従形の主軸位置同期制御法
佐賀大・中村政俊,冷水大作,中村光児安川電機・久良修郭
産業界におけるメカトロサーボ機器では,複数のサーボ系の高速高精度な位置同期が要求されている.本稿は,メカトロサーボ系の2つの軸に関して,従軸の補償を行いつつ主軸の位置に従軸の位置を同期させる主軸位置同期法を提案する.本方法はメカトロサーボ系を2次モデルで表現して従軸の補償を図る.2次モデルを用いる本提案法は,先に筆者らの一部が提案した1次モデルを用いた方法の拡張になっており,メカトロサーボ系の高速動作時により有用性を発揮する.本方法によってメカトロサーボ系の各軸の特性のばらつきや外乱印加時においても常に各軸の位置同期が図られて,高精度の輪郭制御,協調制御が図れる.本方法におけるモデル化誤差と位置同期誤差との関係を明らかにし,ロバスト性を示した.本方法はメカトロサーボ系の現状のハードウェアの変更を有することなく,位置ループの計算制御のソフトウェアの変更だけで実行できるので,産業界に受け入れやすく有用な方法である.
- ■ 時系列データのフラクタル次元の推定法
法政大・高橋朋一,長坂建二
自己相似性を持つ図形は,通常フラクタル構造を持つといわれ,その特性量であるフラクタル次元の推定方法に対しては,様々な方法が提案されている.フラクタル次元の1つであるハウスドルフ次元は,図形をおおう被覆から計算されているため,フラクタル次元の推定に際しても,対象図形をおおう被覆から求めるのは極めて自然な発想であり,粗視化の度合いを変える方法として,広く適用されている.この方法は,地図のようにスケールがはっきりしている場合には適切と考えられる.しかし,フラクタル構造を持つと思われる時系列データであっても,時間軸のスケールおよびデータのスケールを変えることによって,全く違った図形になってしまうことがある.つまり,時系列データに対してフラクタル次元を推定する方法として,粗視化の度合いを変える方法は不適切ということになる.
本研究では,時系列データのフラクタル次元を推定するにあたり,移動平均値の中心化法という新たな推定法を提案した.この方法が,フラクタル次元を推定することができるか否かを確認するためにM−系列を加工したランダムな時系列データに対して適用したところ,我々が提案した方法がBurlaga
and Klein の方法やHiguchiの方法よりもわずかではあるがよい結果を得ることができた.さらに,株価の変動曲線に対して我々が新たに提案した方法でフラクタル次元の推定を行い,適用可能であることを確認した.